春01


博奕主義の友達が欲しい。博奕主義だった友達はいる。博奕主義に憧れる友達もいる。博奕主義を猛烈に批判する友達もいるが、やはり博奕主義の友達はいなくて、そもそも大人と博奕主義は両立し得ないものであるという、火を見るよりも明らかな事実が現前するばかりで、それでも一万人に一人はいるはずだと博奕的確信だけはある。もしかりに、そのような人と友達になれたら私の持ちうる知識、知見、理性を総動員させて喧嘩して圧倒的大敗を味わいたい。そんな人と友達になれたら樹海などを勘だけで練り歩いては迷子になり、途方に暮れ煙草をくゆらせたりしては赤子がする絶叫するようなものを世界に出力したい。要はもっと絶望させてくれる友達が欲しい、誑かされたい、博奕的に生きてみたいということを遠大な文法で書き散らしているだけである。

自罰的な、余りに自罰的な

自罰的か他罰的かでいえば他罰的であり、犬派か猫派で言えば犬派の旧友との軋轢についての話である。

ソードアートオンライン」を蛇蝎の如く嫌うのは教えてくれた旧友が不登校になったからで、いや、不登校になどならなくとも、あの畜生のことは嫌いだった、が、私だけは畜生のことを理解できる可能性があったのに中学生の私には受け入れるだけの度量がなかったことへの自罰的嫌悪である。付け加えれば「バカとテストと召喚獣」も「とある魔術の禁書目録」もラノベ全般がいまだに許容できずにいるし、これからも許容するつもりは一切なく、重力に反して捲れ上がるスカートも、童貞性溢れる反人体構造的イラストも、全力で侮蔑し続ける予定である。

第六稿

楕円のピアスが髪から覗いた。私がピアスに触れると俺金属アレルギーだから長く付けてられないんだけどね、と恥ずかしそう目を逸らした。人間がいつ絶望するか知ってる?やる前からそれが出来ないことだと解る瞬間に絶望するんだよ。色弱は警察になれない、宇宙飛行士にもパイロットにもなれない。色弱の悲劇は赤信号で車に轢かれることじゃない。咽喉の奥のから手が出るほど欲しいものが絶対に手に入らないものだと識る瞬間に、何かが始まる前にお前は終わってると言われたときに絶望するんだよ。勃起不全でイップスだと通告を受けるような不全感に絶望する、喫茶店に行こう、そんで一番でかいパフェ頼もうよ。そう言って私の腕をひいて店を出た。一人で歩けるよ、そういうと先輩はそうか悪かったと腕を離した。ナツキはどれにする?下の名前で呼ばないで。私は先輩の無神経さが嫌いだ、でも同じくらいその無神経さが好きでもある。欠点で人を愛するなんて馬鹿げている

ラッパー風情

あのね、ラップバトルを初めて目撃したの、腹中の液体を揺らす爆音、三秒に一度眼球を突き刺すミラーボール、微差ほどの個性をビートに乗せて口語で殴り合う超男性。八小節のラップの応酬に既視感、何かに似ていると思案すると、それは私が人を傷つけようとするときの文章の組み立て方によく似ていた、野卑で即物的で悪意に満ち満ちていた、気がつくと沸くハコの中で俺より目立ちやがってと微動だにせず睨み上げた、が惨敗だった、敵わないと思った、修辞の選び方も熱量も愚かさも何もかもが劣後していた

冬(仮)

明日休みだから飲みに行きましょうよと業務中から喫煙所、駅構内でも駄々こねていると、長男っぽい末っ子の先輩と、末っ子っぽい長女の後輩とが付き合ってくれた。美寿々だとか夜明け前だとか可愛らしい名前のお酒をコクリコクリと飲んでは意味もなく呵々と笑うと、お二人とも呵々と笑ったりして、あと一カ月後には仕事とかいう理不尽な理由でお逢いできなくなるのかしらと思ったり、何が寂しいって言えばどうせ互いの不在に直ぐに慣れる、すぐに忘れることが寂しくて、冬、冬、冬

間抜けな傷害

お前の書いた文章見てると反吐が出る、という旨を明確な悪意と明確な愛のわかる文体で私に言ってくれた男に会いに行きたくなって殆ど5年ぶりに再開した。家の中は酒瓶だらけで窓は閉め切っていて部屋の惨状を一ミリも隠そうとせず待ち構えていた。男は来年からトラック運転手になる、生きたくもないが死にたくもない、てめえの文章何言ってるかわからないが書き続けろ、そのようなことを言われたと記憶している。5年後あたりにまた逢う気がする、たぶん

十年ぶりの喘息

ゴールデン街テキーラやらウイスキーやらを飲みまくって「幸せになりたい」と私を除く総ての人、時計、酒、アイフォンとが絶叫していた。私は幸せになりたいと思ってなかったから、若しくはここにいる誰よりも幸せになりたいから絶対にそんなこと叫ばなかった。